新潟県長岡市、社員34名の住宅設備工事会社。SNSの更新を止め、問い合わせへの最初の一通を作り替えることに全力を注いだ三か月の記録
信濃川沿いの県道から一本入った場所に、その会社の事務所と資材置き場がある。給湯器、水回り、空調——地域の工務店とハウスメーカーからの下請けと、一般家庭からの直接依頼が半々の住宅設備工事会社だ。創業は1979年、現在の社員は34名。社長の三宅康行(52)が父から事業を継いだのは2016年である。
2026年3月、三宅は一年半続けたSNSの運用を止めた。生成AIを使えば投稿文は5分で書ける。写真を選んで、AIに施工内容を要約させ、週3回投稿する。作業自体は苦ではなかった。問題は結果だった。
「フォロワーは1,100人まで増えました。でも、この一年半でそこから来た問い合わせが何件だったか数えてみたら、4件でした。うち成約は1件。手間は毎週かかっているのに、事業には何も起きていない」
同じ時期、三宅は別のことに気づいていた。ホームページの問い合わせフォームと代表電話に届く相談は、月に平均42件ある。そのうち見積提出まで進むのが約24件、成約が11〜13件。つまり、すでに来ている問い合わせのうち半数近くが、見積にすら至らずに消えている。
「新しい人を連れてくる努力ばかりして、来てくれた人を取りこぼしていた。順番が逆でした」
中小企業庁「2026年版 中小企業白書」は、デジタル化によってビジネスモデルの変革や競争力強化に取り組んでいる(段階4)と回答した中小企業が2.8%にとどまり、2023年の6.9%、2024年の3.2%から低下を続けていることを報告している。同白書はまた、AIを活用していない理由の最多が「活用する業務のイメージができていない」であることも示している。ツールの導入と、事業の形の変化は別の話だ。
最初の一か月、三宅と事務担当の2名がやったのは、新しいことではなかった。過去1年分の問い合わせ記録を、全部読み直す作業である。フォームの送信ログ、電話メモ、担当者のメールの送信済みフォルダ。それらを一つの表に落とし、「見積に至らなかった案件」だけを抜き出した。214件のうち、97件。
ここでAIを使った。97件の記録を匿名化した上で、生成AIに投げて分類させた。出てきたのは、三宅の予想と少し違う結果だった。
「69件は、こちらの問題でした。しかも技術の問題じゃない。返すのが遅いか、聞かれたことに答えていないか。それだけです」
分類の過程で、もう一つ分かったことがあった。返答が遅れる案件には共通点がある。担当者が現場に出ていて、事務所にいない時間帯に来た問い合わせだ。工事会社である以上、社員の大半は日中現場にいる。返せるのは夕方以降になる。そして夕方には、その日の報告と翌日の段取りが待っている。
二か月目の作業は、初回返答の作り替えだった。三宅がやったのは、過去のメールから「これはよく返せている」と思える返信を30通選ぶことである。ベテランの現場責任者が書いたもの、三宅自身が丁寧に書いたもの。それらを匿名化して、生成AIに「この会社の返信の型」として読み込ませた。
仕組みはごく単純だ。問い合わせが入ると、事務担当が内容をAIに渡す。AIは30通の型と、過去の類似案件の記録を踏まえて、初回返答の下書きを作る。事務担当が事実関係を確認し、必要なら現場責任者に一行だけ確認して、送信する。
「大事なのは、AIに『それっぽいこと』を書かせないことでした。うちには絶対の禁止事項を三つ決めました。金額を書かせない。納期を書かせない。できると断言させない。この三つは必ず人間が判断して入れる」
この線引きは、総務省・経済産業省が2025年3月に公表した「AI事業者ガイドライン(第1.1版)」の考え方とも一致する。同ガイドラインは、AIに単独で判断させるのではなく、適切なタイミングで人間の判断を介在させる利用を検討した上で、潜在的なバイアス等に留意することを求めている。三宅の三つの禁止事項は、それを現場の言葉に翻訳したものだった。
変化はすぐに数字に出た。初回返答までの平均時間は、導入前の2.4営業日から、4.1時間に短縮された。特に大きかったのは、現場に出ている担当者を待たなくてよくなったことだ。事務担当が下書きを持って現場に電話し、「この内容で返していいですか」と30秒確認するだけで済むようになった。
三か月目、三宅はSNSの更新を完全に停止した。代わりに始めたのが、工事完了から3か月後の点検連絡である。過去の工事記録を整理し、完了日から3か月後に連絡する対象を自動でリスト化した。連絡文はAIが工事内容に応じて下書きし、担当者が確認して送る。
「うちの業界は、一度工事したら次は10年後、みたいな感覚があるんです。でも実際には、給湯器を替えた家は数年以内に水回りか空調のどこかを触ります。そのとき最初に思い出してもらえるかどうかが全部です」
90日目の集計で、三宅が最も注目したのは新規の数字ではなかった。見積提出まで進んだ案件の割合が、月平均24件から33件に増えたことである。問い合わせの総数はほぼ変わっていない。42件が44件になっただけだ。変わったのは、来た問い合わせを取りこぼさなくなったことだった。
この90日間で特筆すべきは、三宅がやらなかったことのほうかもしれない。CRMシステムは導入していない。ホームページも作り替えていない。専任の担当者も置いていない。使ったのは生成AIの業務向けプラン2アカウントと、既存の表計算ソフトだけだ。
「システムを入れる話は何度も来ていました。でも、うちの問題はシステムがないことじゃなかった。返すのが遅いことでした。それを直すのに、月8,000円で足りた」
そしてもう一つ、三宅はAIに顧客の個人情報をそのまま渡していない。氏名、住所、電話番号は事務担当が伏せ字に置き換えてから投げる。「どこまで渡していいかは、うちで決めるべきことだと思ったので」。この判断は、後から振り返ると事業を守る意味を持つことになる——という話は、本号の分析記事に譲る。
取材の最後、SNSを再開する予定はあるかと尋ねた。三宅は少し考えてから答えた。
「再開するなら、目的を決めてからにします。あの1年半は、やっている感じがあっただけでした。AIで楽に作れるようになったから続けられた、というのが正直なところで。楽にできることと、やるべきことは違うんですよね」
届け方の再設計とは、新しい接点を増やすことではない。すでにある接点のうち、どれが機能していないかを直視することだ。この会社が90日で得た最大の成果は、返答速度でも見積件数でもなく、その順番を取り違えていたと気づいたことかもしれない。