社員5名の製本・紙加工工房(京都府)が、AI分析で顧客の「本当のジョブ」を発見し、サービス設計を静かに変えていった記録
社員5名。創業42年の製本・紙加工工房。得意先はデザイン事務所・出版社・大学研究室など約60社。価格競争には限界があり、大手印刷会社との差別化も難しくなりつつあった。2026年2月、代表の瀬戸口修一(61歳)はAIを使った顧客データ分析に踏み切った。
瀬戸口氏の悩みは明確だった。製品の仕上がりにはほぼ苦情がない。しかし、数年前から新規問い合わせが徐々に減っていた。既存顧客のリピート率は安定していたが、顧客1社あたりの発注量が少しずつ落ちていた。
「品質は変わっていない。むしろ設備を新しくして精度は上がっている。なのに仕事が細る。何かがズレているとは感じていたが、それが何かが分からなかった」と瀬戸口氏は振り返る。
最初に着手したのは、過去5年分の顧客とのメールと問い合わせフォームの記録(約3,800件)のAIによる分析だった。ツールにはClaude(Anthropic)を使い、「顧客が不安や心配を示す言葉」「感謝の言葉が出た場面」「次の注文までの間隔が延びた案件」を抽出した。
結果は予想外だった。顧客の問い合わせのうち、製品スペック(用紙・綴じ方・寸法精度)に関するものはわずか23%。残りの77%は「納期は本当に大丈夫ですか」「前回と同じ品質で出してもらえますか」「初めてなのですが、相談に乗ってもらえますか」という、不安の解消に関するものだった。
機能的ジョブ(言語化されていたもの): 「きれいに製本してほしい」「予算内で仕上げてほしい」
感情的ジョブ(AI分析で浮かんだもの): 「自分の大切なものを任せて、裏切られたくない」「初めて頼む先でも信頼できると確認したい」
社会的ジョブ(潜在的なもの): 「この仕事を選んだことを、クライアントや上司に正当化できる」
発見を受けて、瀬戸口氏は方針を変えた。「精度の訴求をやめる」ではなく、「精度は当然のこととして、安心感を設計する」という決断だ。具体的には3つの施策を実行した。
第一に、受注から納品までの進捗報告の自動化。製造工程の各フェーズで自動メッセージが届く仕組みを構築した(使用ツール:Notion+Slack APIの簡易連携)。「作っている」が見えることで、顧客の不安が具体的に解消された。
第二に、初回注文顧客への「担当者直接電話」の復活。AIが顧客メールの感情スコアを評価し、不安度の高い問い合わせには自動フラグを立て、瀬戸口氏本人か副代表が24時間以内に電話するルールを設けた。
第三に、納品後フォローの仕組み化。納品7日後にAIが自動生成した確認メッセージを送り、「仕上がりへの感想」「次の予定」「気になることはないか」を聞く。返信があった場合、内容を分類して担当者に転送する。
施策開始から120日後(2026年6月時点)の変化は定量的に現れた。リピート注文率が12ヶ月移動平均で18ポイント上昇。初回問い合わせから受注転換率が9ポイント改善した。売上増加額は限定的だったが、「受注から納品の間に確認連絡が来なくなった」という副次効果が、工房内の作業集中時間を週平均6時間改善した。
「うちが売っているのは製本ではなかった。信頼できる相手に任せたという安心感だった」と瀬戸口氏は言う。「AIに教えてもらったんじゃなくて、AIが読んだ42年分のお客さんの声に気づかせてもらった、という感じですかね」。