01「試して終わり」が止まらない
取材した100社のうち、生成AIを実際の業務で本格的に使っている企業はわずか12社だった。残りの88社は、いまだに「お試し」の段階か、お試しが終わった後で「本番で使うかどうかは保留」となっている。理由として最も多かったのは「効果をどう測ればいいか決められない」(47社)、次が「セキュリティ部門のOKが出ない」(38社)だった。
ある銀行のCIOはこう語る──「議論はもう、技術の話じゃないんです。誰がリスクを背負うのか、誰が責任を取るのか。そこを決めるのに1年かかっている」。日本の企業は、本来「慎重に決める」ことを美徳としてきた。だがAIの世界では、その慎重さが、「決めない」というひとつの結論として固まりつつある。
02三つの根深い病
取材を通じて見えてきたのは、大きく三つの問題だ。第一に「責任の押しつけ合い」。情報システム部、法務、コンプライアンス、業務部門──それぞれが「ノー」と言える権限は持っているが、「これでいこう」と決める権限は誰も持っていない。第二に「効果の数字を求めすぎる」こと。AI導入の検討時に「3年先まで、いくら儲かるかを数字で出してほしい」と要求する企業が65%にのぼった。誰にも未来は読めないのに、未来の数字を出さないと始められない。
そして第三が、最も根深い「現場の声が届かない」こと。AIを入れようと検討しているのは、経営企画やDX推進室といった本社部門。一方、毎日その仕事を回している現場の人たちには、ほとんど話が来ない。だからお試しのテーマが、現場の本当の困りごとからズレてしまう。あるメーカーの工場長は、こう端的に言い切った──「上から降ってくるAIは、いつだって私たちの仕事を分かっていない」。
議論はもう技術の話じゃない。— 都市銀行CIO(匿名)
誰がリスクを背負うのか、
そこを決めるのに1年かかっている
03本番に進めた12社の共通点
では、本番運用にたどり着いた12社は何が違ったのか。共通点は三つあった。(1) 経営トップが期限を切ったこと。「半年後にはこの業務をAI化する」と社長自らが宣言した企業では、部門間の調整が一気に進んだ。(2) 完璧を求めなかったこと。AIの正解率が95%でなく80%でも、「最後は人間が確認する」という前提で動かし始めた企業ほど、AIが学習して結果的に賢くなっていった。
そして(3) 現場が主導して「小さな成功」を積み上げたこと。最初から全社で使おうとせず、特定の課やチームで始めて、「ここで効果が出ました」と見せてから他部署に広げる。この順番を守った企業は、社内の政治的なやりとりに消耗せず、自然に広がっていった。
042年の遅れは取り戻せるか
2年の遅れは、致命的なのか。取材した専門家の意見は分かれた。悲観的な見方は「AIを前提に仕事を組み直した企業との差は、もう埋まらない」と言う。楽観的な見方は「日本企業の真の強みは、技術そのものよりも運用の細やかさにある。だから後から始めても勝てる」とする。
ただ、確かなことがひとつある。「お試し」を永遠に続けることはできない、ということだ。決断を先延ばしにしている間にも、海外企業は実際に使って得たデータをもとに、次の判断をどんどん速くしている。経験の差は、時間とともに、ねずみ算式に開いていく。
ある経営者は、取材の最後にこう漏らした──「決められないことが、いちばんのリスクだと、ようやく分かってきた」。沈黙の時代が終わるかどうかは、技術の問題ではなく、「腹を括れるか」という覚悟の問題なのかもしれない。
「AIエージェントが企業組織を解体する日」